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今、ここを生きる [仏・法・僧]

連日の猛暑に少々バテ気味でありますが、お盆に向けてテンションは上がりつつあります。
さて先日の日曜日は月例法話会でした。とても大勢お越しいただき本当に嬉しかったです。

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今を生きずに いつを生きる ここを生きずに どこを生きる (大神信章)


「しあわせになりたい」と願う心は誰にでもあるでしょうが、「しあわせになりたい」と願うということは「今、自分はしあわせではない」ということを認めていることでもありませんか?

そもそも私たちが本当に満足するということはあるのでしょうか?
七夕に小学生が短冊に書いた願い事にも「お金持ちになりたい」「有名になりたい」「セレブになりたい」など見られますが、もしそれが叶ったとしても、そこから新たな問題(欲求)が発生すると思います。

本願力にあひぬれば むなしくすぐるひとぞなき 功徳の宝海みちゝゝて 煩悩の濁水へだてなし (浄土高僧和讃・天親讃)

親鸞聖人の和讃です。阿弥陀如来の本願力にあうことで、人は本当の満足を得られ、もう空しく一生を終えることはないと仰っています。それは様々な色やにおいをもった川の水も、功徳に満ちた海に流れ込み、清浄一味なる海の水と転ぜられるからであるというのです。

阿弥陀様は私たちに清らかであれ、正しいものであれ、美しくあれなどと注文はつけられません。そのままの私をそっくり掬い取ってくださるのです。
「こんな私じゃ・・・」
「こんなところじゃ・・・」
「こんなことでは・・・」と自分を卑下するばかりでも、私が私を認められなくても、阿弥陀様はそのすべてを引き受けてくださるのです。
「いつかきっと」では不安に苛まれます。

これは以前、池田勇諦先生のご法話の中でご紹介いただいた言葉です。ある念仏者の玄関に掛かっていた色紙の言葉だそうです。

「今が一番いい時 今が一番大事な時」


私はこの言葉を辛くシンドイ時に思い出すようにしています。
それは単なる気の持ちようや心掛けなどではなく、阿弥陀様のまなざしを感じられるからです。




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