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Why? [日記、時候]

お盆のお参りに行ったお宅でのこと。
そこの家の若夫婦一家はご主人の仕事で何年もアメリカで暮らしている。子どもたちは日本人学校ではなく、地元の普通学校に通っているという。
そんな中学校での授業で「宗教」について授業でもあったのでしょう。自分の信仰は何かという質問に対して、その子は「ブッダ」つまり仏教ですと答えた。もう一人の日本人の子は「神社にも行く」と言ったらしい。
すると当然、キリスト教文化のアメリカ人から「どうして二種類の宗教があるのか?」と質問されたらしい。
当の日本人は答えに窮し「I don't know」と言うしかなかったらしい。
神社とお寺257.jpg

そして夏休みに帰省して、お盆に近所の僧侶(つまり私)がやって来たものだから、そこの母親が訊ねてきた。「神社とお寺の違いは何でしょう? どうして日本には両方が違和感なく存在するのでしょう?」

日本人として普段あまりにあたり前としていることを、改めて「なぜ?」と訊ねられると、分からないままその環境の中で生活していることに気付かされる。その時はとっさに上手く説明はできなかった。

その晩、ずっとそのことが気になっていて、ようやく一つその違いについて思いついた。
後日、そのお母さんを訪ね、説明を聞いていただいた。
「まず、日本人は山や海、滝や上りゆく朝日を目の当たりにすると、それに向かって手を合わせ祈りたいと思う心を持っています。皆さんにはそうした気持ちが分かりますか?と訊ねてください」というと「多分、あっちの人にはそんな気持ちはもっていないと思う」とお母さん。
「私たち日本人のそうした気持ちが神社(shrine)を生んだと思います。そして私たちが生きているということは、それは迷いの中ですので、迷いの世界から早く抜け出したいという願いが、お寺(temple)というものを生み出したと説明すればわかってもらえるのではないでしょうか」とお伝えしたところ、そのお母さん自身がよく共感してくださったようで、「私にもすっと入って来た」と言ってくださった。

そして娘に向かって「今聞いたことは、あなたがしゃべるのよ。ママはようしゃべれないから」と言う。
中学生の娘の方が、小さな頃から英語圏にいる分、お母さんよりも英語は堪能らしい。

私も今回のお尋ねがあったことで「神社と寺院」「神と仏」の違いということを改めて考え、その中でお寺のはたらきということについて、その基本的な役目ということに気付く良いご縁となりました。


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